「移住は、条件じゃなくて愛」任期終了のピンチを救ってくれた、地域との温かい距離感【小林史和さん 後編】

プロフィール

小林史和さん

移住スタイル:
Iターン
家族構成:
妻+子
年代:
40代
職業:
企画&編集者
移住元:
山梨県

「自然豊かな場所で子育てがしたい」 「地域の人と、温かい関わりを持ちながら暮らしたい」

移住を考える時、そんな理想の暮らしを思い描く方は多いのではないでしょうか。

しかし、「仕事はどうするの?」「田舎特有の人間関係に馴染める?」といった現実的な不安が、一歩を踏み出すブレーキになってしまうことも少なくありません。

前編では、山梨県から「焼酎」をきっかけに移住し、孤独な日々から自ら動いて居場所を作っていった小林史和(こばやし ふみかず)さんの軌跡をご紹介しました。

後編となる今回は、移住から10年が経ち、ご結婚、そしてお子さんの誕生を経てすっかり地域に根付いた小林さんの「現在の暮らし」に迫ります。

協力隊の任期終了直前に襲った大ピンチをどう乗り越えたのか。そして、10年かけてたどり着いた「移住は愛だ」という言葉の真意とは。これから移住を考える方への、大切なヒントが詰まっています。

「夜泣きがやまびこになる」冠岳の自然に抱かれた、ストレスフリーな子育て

豊かな緑と清らかな水に恵まれた、いちき串木野市を代表する自然スポット、冠岳(かんむりだけ)。 小林さんは現在、冠岳エリアにある「住まい兼事務所」で生活をしています。

子どもが夜泣きして外に連れ出すと、泣き声がやまびこのように山に響くんです。それくらい静かなんですよ。笑

星は驚くほど綺麗で、騒音もない。たまに遠くを新幹線が通り過ぎる音が聞こえるくらい。

「都会の集合住宅で、隣を気にしながら子育てをすることを思えば、冠岳で本当によかったと言い切れますね。」

地域の人たちも、

子どもの声が聞こえていいわよねぇ。

とポジティブに迎えてくれます。 まるで地域の宝物のように気にかけてもらえる環境。「泣き声で迷惑をかけていないかなぁ。。」と気を揉むことがないのは、親にとってこれ以上ない安心感だと思います。

とはいえ、いわゆる「不便な田舎暮らし」をしている感覚はないと小林さんは言います。

日常的に外へ出かけることも多く、高速のインターチェンジもすぐ近く。冠岳の圧倒的な自然の豊かさと、県内各地へのアクセスの良さ。その両方を享受できるのが、冠岳の暮らしの魅力です。

「え、無職になるの?」任期終了直前のピンチを救った、手作りの繋がり

すっかり地域に馴染んでいる小林さんですが、実は地域おこし協力隊の3年の任期が終わる2ヶ月前、突然「無職」になる瀬戸際に立たされたことがありました。

なんと、任期後の活動のために予定していた事業予算が、議会で通らなかったのです。

「あれは今でも根に持ってます。笑」と明るく笑い飛ばしてくれましたが、当時はまったく笑えない状況でした。

仕事がないなら、いちき串木野以外の世界を見てみるべきか。天秤にかけて悩んだ時期もあったそうです。

そんな絶体絶命のピンチを救ってくれたのは、他でもない「鹿児島で出会った人たち」でした。

「仕事、あるよ!」

地域の仲間たちから、次々とかかる声。

「友だちを作ろう」と自ら動き、紡いできたご縁が、大きなピンチを救ってくれた瞬間でした。
あの夕陽の前で孤独に押しつぶされそうだった彼をこのまちに引き留めたのは、他でもない、鹿児島で出会ったみなさんの存在でした。

「いきなりプロポーズされても引くでしょ?」移住と結婚の意外な共通点

よく「移住は結婚に似ている」と例えられることがありますが、10年間移住支援に携わってきた小林さんも、この言葉に深くうなずきます。

初対面の人からいきなり『結婚してください』って言われても引くじゃないですか。移住もそれと全く同じだと思うんですよ。

まずは「お友だちから」始める。現地に何度か足を運び、友だちができて、一人でも楽しく過ごせるようになる。「じゃあ、住んじゃおうかな」と思うのは、そのステップを踏んでからでいい。その関係性ができて初めて、移住パンフレットの言葉が心に刺さるのだと小林さんは語ります。

「お金(補助金など)をちらつかせて結婚しても、長続きしないですよね。移住はお金の契約じゃなくて、『愛』だろってずっと思ってます。笑」

「まずは来てもらうことを大事にする」というブレない信念は、鹿児島県の移住サイト運営や体験ツアー、コンシェルジュ制度など、さまざまな仕組みづくりへと繋がっていきました。仕組みより先に、まずは人と人の関係がある。その思いは、10年経った今も変わりません。

名刺交換だけじゃない。自ら「ギブ」することで見えてきた心地よい関係性

地域に溶け込む秘訣について、小林さんは奥さまからこんなふうに言われたことがあるそうです。

「まずは自分の何かをギブ(提供)しに行ってる。そうやって人と関わりをつくる人だよね」と。

たとえば、知り合いのイベントがあれば壁塗りを手伝いに行く。参加するにしても、ただのお客さんとしてではなく「何かを与える」関わり方をする。そうやって自分から動いていると、いざ自分が何かをやりたいと思った時に、自然と誰かが助けてくれる。

名刺交換しただけでおしまいではなく、ちゃんと顔を出して、自分の時間をどこまで相手のために使えるかが重要なんだろうなって。

現在、小林さんの暮らしに「仕事とプライベートの境目」はほとんどありません。週末は家族で県内各地のイベントへ出かけ、日置市のイベントに顔を出した帰りに、南さつま市の観光案内所へ立ち寄って新しい構想を聞きに行ったり。

「境目が無いことはちょっとした最近の悩みでもあるんですけどね。でも、今はそれが楽しいからいいんです。」

仕事の延長であり、家族との大切な時間でもある。そのシームレスな生き方こそが、小林さんの日常です。

「当たり前」を面白がる。地元の人も知らない魅力を味わい尽くす

「10年経った今も地域で精力的に活動を続ける原動力は何ですか?」と尋ねてみました。

感謝かな。あとは、自分が楽しむこと。

地元の人たちは、自分たちの周りにある「楽しいこと」に意外と気づいていないものだと言います。当たり前すぎて、見過ごしてしまう。そこに、外から来た「よそ者」だからこそ気づける面白さがあります。

「地元の人が気づいたら、もっとまちが楽しくなるって知ってほしい。だから、まずは自分が思い切り楽しむ。それだけです。」

鳥刺しを毎日食べられる幸せ。初めて食べたサバの刺身の感動。山梨では当然だった雪かきを鹿児島でやったら奥さまに笑われ、翌朝には全部溶けていた驚き。 そういう「すごい!」「おもしろい!」と心が動く感覚を、これからもずっと持ち続けていたい。それが小林さんの、このまちでの心地よい「あり方」です。

まとめ ー後編ー

最後に、移住を考えている人へメッセージをお願いしました。

「ここにはアレがない」って嘆くより、「じゃあ代わりの案を作っちゃおう!」って面白がれる人。そんな風に、自分が心地よくなる環境を自分で作っていける人が移住を楽しめるんじゃないかな。

焼酎のラベルに惹かれて飛び込んだまちで、10年かけてそれを実践してきた小林さん。

本人は「運がいい」と謙遜しますが、待っているだけでその運はやってきません。自ら人に会い、心を開き、相手のために時間を使ってきた日々の積み重ねが、今の温かい居場所をつくっているのだと思います。

子どもが生まれてから、男性トイレにおむつ替えベッドがあるかどうかを気にするようになったりと、少しずつ目線が変わってきたことも実感しているそうです。

「今後は子どものため、奥さんのためっていう意識がどんどん大きくなっていくんだろうなぁ。」

あの夕陽の前で途方に暮れていた青年は、このまちで出会った人たちに生かされながら、今度は自分が誰かを生かし、まちを楽しくしていく存在へと変化しています。

小林史和さんの移住10年目は、そんな新しくも温かい季節に差しかかっているようでした。

  • この記事を書いた人:
    もりみつ(事務局)

    鹿児島市出身。
    2025年にいちき串木野市へ移住してきました。
    5人の子どもたちを育てるのに毎日夫婦で悪戦苦闘しています!
    取材を通してマチの魅力を知っていけたら嬉しいです。